浜松市建国記念の日奉祝式典記念講演会データベース 昭和60年~昭和62年

浜松市建国記念の日奉祝式典記念講演会データベース1 昭和60年~昭和62年

浜松市で30年以上続けて開催されている浜松市建国記念の日奉祝式典。
その記録は殆どが紙媒体です。式典で招聘していた講師の方々は、一流の方ばかりでうならされます。この記録をすべてとはいきませんが、データ化して、ネットに掲載したいと思っております。

しかし、今読んでみても、心動かされる素晴らしい講演ばかり。
すべてを掲載することはもはや難しく、残っている「報告集」からの転載です。
講演は、抄録です。

少しずつですが、進めていきたいと思います。第一弾は60年と62年です。

ちなみに、浜松市建国記念の日奉祝式典は現在も行われています。
本年29年の講師は、アルピニストの野口健氏です。

浜松市建国記念の日奉祝式典

■昭和60年式典■

式辞   顧問代表 清水織太郎氏

建国記念の日がめざすもの 「世界が一軒の家族の如く」

神武建国以来、ニ千六百四十五年が経過しました、神武天皇が示された御精神は、八誌一宇(はっこういちう)と言いまして、これは、日本の国だけではなくて、世界が、地球全体が一軒の家になろうという和合の心です。ですから世界が一軒の家族の如く愛し合い、励まし合い、そして睦み合い、豊かで平和な生活をめざすのが建国記念の日の意味であります。

この地球上に住む全ての生物は、陸においても、海においても、鳥は自由に空を舞い、動物は大地を駆け、植物は地上に生命を営むように、境なくお互いに利益を交換し合って豊かな営みを成している訳です、鳥も動物も植物もあらゆるものがそうであるのに、どうして人間の世界だけ勝手に境を作って、互いに争い合い、奪い合っているのでしようか。

しかも、その争いに極端な脅えを感じ、おののいて毎日不安な生活をしていることに、人間は心から反省しなければなりません。

そこで、私達は世界平和を目指す八統一宇の精神を、日本だけでなく全地球上に行き渡らせ、染み込ませましょう。今日はその為に我々が先頭に立って努力しようとする節目の日です。

本日、浜松市において建国記念の日をお祝いする盛大な式典が催されたことは、誠にすばらしく、嬉しいことでございます。これを心から祝しまして式辞とさせて頂きます。

■昭和62年 記念講演■

「神武創業と御皇室」杉田幸三氏(作家)


《前略》
神武天皇が宮崎の浜を船出されて、段々九州の方へ北上されて中国地方にでて、非常に長い年月をかけられた末に、惨たんたる苦心をせられて摂津の海岸に上陸されるわけでございます。

そこで、神武天皇の兄君であるところの五瀬命(いつせのみこと)が重傷を負われます。それで、退却されます。今度は、近畿地方をぐるっと熊野灘の方にまわりまして、ずっと東の方から上陸されまして、だんだんと大和の方へ入っていかれるわけです。

この神武天皇の兄君が非常な重傷を負われおなくなりになったということは、どういうことを意味していますかといいますと、神武東征という言葉がありますが、東へ移る、西から段々東へ移ってくる。いろいろな古典に出ていますが、なるべく言論戦でいけ。これを「言向け和平す(ことむけやわす)」という言葉がでています。

言論戦でいけ。極力言論戦でいきどうにもならないときにのみ剣をつかう。というのが、従来日本の対外戦争の鉄則でもあったわけであります。

従って、神武天皇の兄君が重傷を負ったことは大変なことなのであります。 始めて神武天皇が、今から2647年前にやっと橿原の地に都を開かれて、長い間苦心惨たんして、やっとやってきてどうやらご祖先のおかげでもってここに都というものを定めることができた。

つまり、それまでは穴蔵や掘っ立て小屋みたいなところに住んでいたのが、それがようよう橿原の地について、その辺の悪者をなびき伏せて、切って切って切り倒したのではなく、極力 言論戦を展開しながら、言向け和平しながら、言葉で向けて平和にしながら橿原の地に都を定められたのが第一代の神武天皇でございます。

《中略》

これは、戦後アメリカのある哲学の大学の教授が言っているのですが、

「人類は五千年の歴史と二度の世界大戦の惨褐を経験した結果、『一つの世界」を理想とする国連憲章をむすんだが、日本の建国者(神武天皇) は、二千年も前の建国当初に、世界一家の理想をのべている。これは人類の文化史上、注日すべき発言であろう」

といっているのです。

どういう発言を神武天皇がされておったのか、それは、「日本書紀」にでておりますが、口語的に訳したのを紹介します。

一、天下の法作りは時勢に順応したものであること。

二、法の日的は国民の利益を中心に考えなければならない。もし、そうでないときは直ちに改正しなければならない。

三、天皇の位につくには慎み恐れなければならない。非常に謙虚につかなければならない。

四、天皇の使命ということは民をしずめ天下を安らかにすることだ。

五、善政を施し後代の天皇が正しい心を養うための 手本にならなければならない。

六、日本中を神の住いとしても恥ずかしくない正しい清らかな国にしたい。それから、世界中、 少ないところでいえば、日本中が、一軒の家のように仲よく皆がやっていくようにしたいものだ。

これが神武天皇の真に平和的なお考えでございましょう。ですから、紀元節反対なんていうのはですね、真に平和に反対することでありましてこんなこんな馬鹿げたことはないのであります。

《後略》

橿原神宮ホームページ




アーカイブ
カテゴリー